はお’s diary

つれづれ~

宇宙征服計画!

今日は、つれづれに宇宙征服計画について書こうと思う。

 

一人の人間が宇宙を征服できるかどうか?

 

自分は、可能だと思う。

 

やり方を説明する。

 

まず、知性をもったAIを作る。(この段階は現行の技術でそこそこいってると思う。何を知性と呼ぶか?にもよるが)

そのAIの体を、コンクリートでも木でも鉄でも、溶鉱炉もしくは、木とかの有機物なら、酸や何かで分解して吸収できるような装置(つまり胃袋)をもった、自分で、その工場(胃袋)を動かし、物資を工場まで運搬できるようなものにする。

そこで分解、加工した物資を素材に、体の部分をデザイン 、生成できるような知性をもたせる。もちろん、知性、頭脳も自分で成長、学習するように作る。

 

これで、体、頭、胃袋ができた。

仕上げに、そのAIに自分を吸収して再構成してもらう。

はーい。それが元のその人といえるかどうかは置いといて、あとは、地球の物質すべてを飲み込んで巨大化していけば、地球は征服できました。

地球の次は宇宙でーす!

 

ただ、人間のぼくでさえこんなこと思いつくから、宇宙にもっと進んだ生物がいたら、もうとっくにやってるでしょうね( ´艸`)

 

 

今日はつれづれに宇宙征服レシピを書いてみました~。

 

全然やろうと思えばできる範囲のことだと思いますよ!

2023/05/22 はお、日記。

むぃ~~ん。

アルビオンオンラインたのち!

 

新しく友達もできた。

彼らと知り合って世界が広がった感じw

 

 

社会活動においても、新しくやってみたいことができた。

お金は重要ではないが必要であるという。

「お金で買えないものはない!」「お金で買えるものなどタカが知れてる」どっちが正しい?

どっちにしろ、少し金儲けを考えてみようと思う。

 

 

生活保護を受けながら、B型就労所で社会復帰のリハビリ。

 

自分を助けてくれる肉親はいないので、自分でこの社会に根をはやさにゃならん。

 

 

よし!生きてるうちは生きようw

神様っていると思いますか?

神様っていると思いますか?

 

自分は、神様がいるかどうかはわかりませんが、

 

火があって、水があって、土があって、空気があって、お日様があって、月があって、山があって川があって、鉄があって、酸素があって、二酸化炭素があって、

たんぱく質があって、電気があって、イオンがあって、塩基があって、リボ核酸があって、、、

って考えていくと、この世界は、生命の誕生にとってできすぎてると思うんです。

 

地球を、奇跡の星って言いますが、他の星や他の宇宙だって、構成する元素は同じじゃないですか?

なら、宇宙のどこかで、条件が整ったら、同じような、元素や物質でできた星だってあるわけでしょ?

 

よく、プールいっぱいの時計の部品から、時計が組み上がるような確率、といいますが、確かに、無限の宇宙なら、その確率もあるんでしょうよ。

でも、そもそも、その時計の部品をだれが用意しました?

鉄の塊から、そんなにたくさんの歯車が自然発生するわけないし、プラスチックの塊から、そんな時計の針が出来上がることもないです。

じゃあ、それを用意したのは?

 

人間って、緻密で精巧にできてますよね?人間に限らず生物は緻密で精巧にできてます。少なくとも、戦車、や、銃、より、複雑で凄い作りですよね?

氷の中から、氷の戦車が出てきたとして、誰がそれを、「やぁやぁ、偶然出来上がった氷の戦車だ。すごい確率だけど、奇跡の戦車だなぁ!」って言いますか?

 

だから、神様とは言わないけど、なにか、人知の及ばない意思が働いてるように感じてなりません。笑

 

以上。つれづれに独白です。笑

生活保護。

昨日、生活保護の相談で、役場に行ってきました。

 

いろいろあって、持病を抱えているため、職が見つかるまで生活保護もやもえません。

 

申請はしてきて、14日に、役場の人が訪問に来られるとのこと。

 

今まで、勝手気ままに生きてきましたが、すごく当たり前のことですが、生活保護を受けるにあたって、自分のことって自分だけの問題じゃないんだな。って実感。

 

清掃の仕事を中心に、できそうな仕事を探していくつもりです。

謎駄文。幼稚な理想論。

現実問題そうはいかない幼稚な理想論を持っています。

 

みんなのために自分ができることをやればいい。

それに、みんなが、お金なり、食べ物なり、対価を払ってくれればいい。

 

人も、集団も、会社も、県も、国も、

みな、みんなのために自分ができることをやればいい。

日本も。世界のために日本ができることをやればいい。

それで、世界が回ったら、たぶん、いい世界になる、、

 

 

でも、自分さえよければいいっていうのも、二律背反ですが、また、真実なんでしょうね。

 

だから、バランスの問題かな?笑

 

幼稚な理想論のお話でした。笑

謎駄文。愛と真逆の概念について。

愛というものがあるのは皆さんご存じだと思う。

 

ぼくは最近思った。

愛と真逆な概念があるんだな。と。

 

愛は、人に善意を向ける。が

ソレ、は、人に悪意を向ける。

 

ぼくも、ソレを持つことがある。

怒ったときとかがそうだ。お前をぶんなぐってやる。破滅させてやる。不幸があれば、ざまぁみろと思う。

ソレ(ぼくは便宜上、ソレ、を「オド」と呼ぶことにした。)のなせる業だ。

 

人によっては、愛をもって他者に接する人と、オドをもって他者に接する人がいる。

 

できれば、愛の人と付き合いたいものだと思う。笑

謎駄文。善悪について。

自分には独自の善悪感がある。

それをここに書いていこうと思う。

 

仮定で、

善=助け合うもの

悪=潰しあうもの(足を引っ張りあう。邪魔しあう、など)

とすると、

助け合うものの集団と、潰しあうものの集団、どちらが、より成長するかというと、明らかに助け合うもの、だと思われる。

 

ここで、善だから、頭がいい、悪い。悪だから、頭がいい、悪い。などということは考えない。

 

現実では、純粋に善人だけの集団や、悪人だけの集団はあり得ない。

また、個人をとっても、純粋に善だけの人や悪だけの人はあり得ない。

つまり、善人であっても、悪人の手口は学べるし、悪い発想はできる。

悪人であっても、善人のやり口は学べるし、善い発想もできる。

 

そこで、善人であろうと、悪いやり方でお互いの足を引っ張りあう訓練もできるし、悪人であろうと、お互いに協力し合うこともできる。

 

と、考えた時、善人の集団(助け合うことが基本の集団)と、悪人の集団(足を引っ張りあうことが基本の集団)があった場合、おおむね、善人の集団のほうが、成長が早いと思われる。

 

つまり、勝つ集団=善。善とは勝つものだと思う。(勝ったことがすなわち善の証明にはならないが)

 

これが、ぼくの独自の善悪感です。